「生命」と言うものに定義を定めるのは非常に難しく未だ曖昧なものです。科学の発展により「人工生命」の研究は多く行われている一方で、そこには生命倫理的な問題もありある一定の領域で差し止められることが多いのが実情。
そんな中、ある種の「生殖」が自律的に可能になった”生体ロボット”が開発されました。
今回ご紹介する生体ロボット「ゼノボット」はアフリカツメガエルから取り出された多能性幹細胞由来の細胞の塊で、2020年の発表の時点ですでに自律的に動くことができ物を運んだり傷ついた自身を自己修復することも可能なものが完成していました。
そしてこの度、2021年11月29日に「米国科学アカデミー紀要(PNAS)」にて発表された「ゼノボット3.0」はさらに自己複製(自律的に自分のコピーを生み出す)することが可能となったのです。
これだけ聞くと、いやはやなんとも恐ろしい話。
果たして人類はこの「ゼノボット」を制御できるのでしょうか…?少し詳細を見ていきましょう。
目次
・生体ロボット「ゼノボット」
・パックマンが生殖の鍵
・人類を脅かす恐怖には”まだ”ならない
アフリカツメガエルから生まれた「ゼノボット」
そもそもの話。「生体ロボット」とはなんぞやと言うところですが、この「生体ロボット」にも大きく分けて2種類あります。
ひとつはプラスチックや金属などの外郭ないしは骨組みに生物の細胞を植え付けてその細胞組織で駆動させるもの。ここで主に用いられるのは「心筋細胞」で、電気信号による収縮と緩和によってプラスチックなどで作られた体を動かしています。
もうひとつは生物由来の細胞だけで構成されたもの。今回紹介する「ゼノボット(Xenobot)」はこちらにあたります。「ゼノボット」はアフリカツメガエルの胚から採取した多能性幹細胞を培養して作られたもので、100%生物由来の”ロボット”です。
名前の由来は「アフリカツメガエル」の学名である「Xenopus laevis」からでしょう。日本語訳すると「風変わりな足のカエル」となるようです。その名の通り手足の先が尖った爪の様になっており、カエルのイラストなどでよく目にするような丸い形をしていません。
「アフリカツメガエル」の胚から作られた「ゼノボット」は遺伝子書き換えなどは行われず、3Dプリント(とは言え私たちが普段想像するようなプリンターとは異なる)のような技術で形状をデザインされただけのもの。
その形状を進化的アルゴリズム(膨大な量のシミュレーションを繰り返しながらいわゆる人工知能の技術を用いてアルゴリズムを書き換えていくことで最適解を導き出す技術)を用いてある種のプログラム制御可能な形へと組み立てられました。(この形状自体が「ゼノボット」におけるプログラムとのこと)
初期のものは2020年1月に発表されその時点で自律的な移動や物の運搬、集団行動が可能であったと言われています。およそ1年後の2021年3月には「ゼノボット2.0」が発表され、この時にはより大きな細胞の塊にすることで表面に繊毛(細胞が移動する際に動かす細かい毛様のもの)が発生し移動速度が向上しました。
そして早くも2021年11月29日、この「ゼノボット」が自律的に”生殖可能”となったのです。
パックマンが生殖の鍵
「生殖」とは自身の体と同じ機能を持った”子”を作り出すと言うこと。単純に言えば自分のコピーを作る。広義には”自己複製”とも言えます。
「生殖」の方法には様々あり、大きく分ければ私たち人間はオスとメスがつがうことで子孫を残す「有性生殖」、アメーバやミカヅキモなどの単細胞生物は細胞を分裂させることで子孫を残す「無性生殖」ですね。植物なんかは根や茎などの栄養器官から次世代が発生する「栄養繁殖」もありますがこちらも「無性生殖」の一種です。
では「ゼノボット」の場合はというと「無性生殖」になります。
こちらが件の「ゼノボット」です。なんだかプリッとしてて可愛い形をしていますね。
「ゼノボット」の生殖方法は、自身の体を構成するものと同じ幹細胞をかき集めて自身と同じ機能を再構築し、分裂することで子を増やします。小さい粒々は解離した細胞(小さい幹細胞の粒)で、大きな「ゼノボット」が動き回りながら幹細胞を集めているのがわかります。
この機能を備えるのに最適な形がかの有名なビデオゲーム「パックマン」の形状だったのです。「パックマン」の形をした「ゼノボット」はその”口”に周囲の幹細胞をかき集め”小さなパックマン”を生み出しました。そしてこの”小さなパックマン”は同じように”さらに小さなパックマン”を生み出したのです。
こちらの写真は親のゼノボット(上)がこのゼノボット(下)を作り出している様子。C型の口の部分に子のゼノボットがくっついていますね。
この形状にたどり着くのにも人工知能を活用したそうですが、パックマンの形と言われるとなんだかものすごく単純な形に聞こえます。最初に試せや!って言いたくもなりますが、実際そう簡単なものでもないのでしょう。
人類を脅かす恐怖には”まだ”ならない
いやはや自律的に勝手に増えていくと聞くと末恐ろしい未来を想像してしまいますね。ただ、今回の「ゼノボット」による生殖および自己複製能力は完全なものではありません。
図でも示しましたように、コピーされた個体は世代を跨ぐごとにどんどん小さくなっていきます。そしてなんと早くも孫世代には小さすぎて自発的な機能を失い生殖が停止、消滅するようです。
親世代の生殖活動も環境が整っていなければならず、その環境下から外せば容易に機能が停止し消滅するとのこと。血管や消化管なども備わっていないため成長や代謝も行われていません。
このようなことからこの「ゼノボット」が活動できるのは極めて限定された研究室内の環境のみであり、これが研究所から漏れ出したからといって自然や動植物、我々人類を脅かす”脅威の人工生命”にはならなさそうです。(めっちゃ厳重に管理されているとは思いますけどね。)
とはいえ素人から見ればアフリカツメガエルの胚を遺伝子操作もせずに作り出した「人工生命」に程近いと思わしき”ロボット”と”生命”の境界線です。この研究には倫理の専門家も関わっており、生命倫理に関する方面からも慎重に議論されながら行われているようです。
今後の有用性としては海洋マイクロプラスチックの収集や再生医療への応用も期待されていますが、現段階では「ゼノボット」に実用的な用途はないとのこと。
いやはや、このような研究が進みその結果を目にするとワクワクするのと同時になんとも言えない恐怖心も出てきます。
古くは錬金術にも「ホムンクルス(人造人間)」なんて技術が本気で考えられていましたが、当時の錬金術師が現代科学の「ゼノボット」に触れたらどう思うのでしょう。「ま…まだ全然ちっこいやーん!(震え声)」とか言われちゃうんですかね。
参照・参考
・世界初の生体ロボット、「生殖」が可能に 米研究チーム(CNN)
・世界初、自己複製する生体ロボット、カエルの幹細胞から開発される(Newsweek)
・A scalable pipeline for designing reconfigurable organisms(PNAS)
・Kinematic self-replication in reconfigurable organisms(PNAS)