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【マクスウェルの悪魔】情報のエントロピーと熱力学の思考実験パラドクス

 「マクスウェルの悪魔」という単語はなんとも厨二心(※)をくすぐる甘美な言葉である。しかもそれがおとぎ話神話ではなく現実世界の物理学で使われている言葉だと言うことが程よいスパイスとなって香ばしく脳裏に焼きつく。(※厨二:中学2年生くらいの思春期の精神性を表すネットスラング)

 厨二臭い書き出しで始めてしまったこの記事ですが、まさに思春期ごろにこの言葉を知って興味を持ち少し調べてみたらその難解さに興味を失ったと言う方も少なくないかもしれません。

 事実この「マクスウェルの悪魔」と言う問題は長らく物理学の世界で議論され、難解な論文がたくさんあり在野の素人が易々と手を出してもよいものではなさそうなものなのですが、完全な正確性を担保できずともその概要を理解することくらいはできるのではないか。

 そもそも「熱力学」という学問自体が在野の素人が安易に手を出しても良い分野では無いことは承知の上で今回のお話をするので、ご専門の方々には厳密性正確性について突っ込みたくなる部分が多々あるかもしれませんが少し目を瞑っていただけるとありがたいです。(というか私に優しく教えてください……)

 と言うことで、今回は「マクスウェルの悪魔」と言うパラドクスについての解説とその解決方法を簡単な形にして見ていきます。

目次
・熱力学の法則思考実験「マクスウェルの悪魔」知的な悪魔と無知な悪魔情報が熱を持つ

熱力学の法則

 「マクスウェルの悪魔」について述べていく前にまずは前提となるお話をしなくてはなりません。それが「熱力学の法則」です。そのくらいは知っているという方は次の項へお進みください。

 誰もが一度は夢に見たであろう「永久機関」の開発。「SDGs」だの「再生可能」だのと言う言葉を聞いて久しい昨今ですが、エネルギーを無限に取り出せる夢のシステムに情熱を傾けた人間の歴史はなかなかに歴史が古く奥深い物です。

 ご存知の通り「永久機関」なるものは現時点ではまだ実現できていません。これがなぜ実現できないのかと言う時に大きな壁となるのが「熱力学の法則」です。

 「熱力学の法則」は以下の4つの大きな法則からなります。あまり難しい言葉を使わずに説明していきます。

■熱力学の第零法則
2つの物体の温度が3つ目の他の物体と同じ温度であるならば、2つの物体もまた同じ温度である。

 簡単に書くと余計分かりにくい気がしなくもないですが(笑)、要するにABの温度がCと同じならAとBも同じ温度ですよと言う話。何を当たり前のことを言っているんだと思われる内容ですが、このことにより”温度”を定義することができるようになり温度計の示す値を正当化させるという根本的な法則です。

■熱力学の第一法則
孤立した系の中でのエネルギーの総量は変化しない。

いわゆる「エネルギー保存の法則」と言うヤツですね。この””と言うのはひとまとまりのシステムだとか機構のことを言います。動物の体消化器系とか循環器系とかに分けられるのと同じように、ある特定の働き(運動)を行うシステムのことを物理学で””と言います。

 「電気で光をつける」と言うにおいて「光」と「熱」のエネルギーの総量元の「電気」のエネルギー等しいと言うのがこの「熱力学の第一法則」の肝となる部分です。

 電気に変えた時(電気エネルギーを光エネルギーに変える)、その電気のエネルギーの多くは熱エネルギーに変えられてしまいます。電気エネルギーが全て光のエネルギーになっているのではなく、としても発散されてしまうため「電球の光で発電して電球つけたら永久機関じゃん!」っていう小学生くらいの発想はここで打ち砕かれるわけです。

■熱力学の第二法則
エントロピーは常に増大する。

マクスウェルの悪魔」を理解するために一番重要となるのがこの「熱力学の第二法則」で「エントロピー増大の法則」とも言われます。「あまり難しいこと言わないって言ったじゃん!エントロピーって何なのさ!」と言う方のためにざっくり簡単に説明しますと、物事乱雑で無秩序な状態になる方向にしか変化しないと言うものです。

 「エントロピー増大の法則」のわかりやすい例えとしては角砂糖をコーヒーに溶かした時角砂糖は元には戻らないということ。

 角砂糖は砂糖の結晶を立方体の形に整えたエントロピーの低い状態として売られていますが、一度コーヒーにぽちゃんと入れると、じわじわと形を崩し砂糖の結晶も崩れ無秩序な状態へと移行していきます。そして角砂糖はコーヒーに溶かしてしまうと放っておいても元に戻ることはまずありません。(非常に厳密に言えばあり得なくはないですが、それを無視できるほどに確率が低い。)

 溶けてしまった角砂糖をまた元の白い立方体へ戻すには、甘いコーヒーから糖分を取り出して精製し、立方体の形へ成形しなくてはなりません。

 この時に掛かるエネルギー(溶けた砂糖を角砂糖に戻すエネルギー)は「熱力学第一法則」に則ってそれ相応のエネルギーを必要とします。溶けた砂糖を角砂糖へ戻したことでエントロピーは減少しているように見えますが、機械や人を動かすためのエネルギー全体(系)を見た時にはエントロピーは増大していることになります。

関連記事:エントロピーの増大をトランプのシャッフルやバネに置き換えるとわかりやすい【アルゴリズム的ランダム性】

■熱力学の第三法則
完全結晶のエントロピーは絶対零度になるとゼロになる。

 完全結晶というのは不純物の入っていない結晶のこと。まぁ定義の上での話なので難しくとらえず純粋な物自体と捉えときましょう。その完全結晶の物体が持つ温度の下限の温度になった時はエントロピーもゼロになるという話。

 何のこっちゃ訳わからんですが、これが何を言いたいのかというと完全な結晶が絶対零度となった時その分子は動きを止めるのでエネルギーがゼロになっとるということです。

 そしてもう一つ大事なことが、どのような物体でも絶対零度に到達できないということ。

 物体の温度を下げるにはその温度よりも低い温度のものが必要です。単純な話、常温の水を冷やそうとした時にはより温度の低い氷が必要であり、その氷の温度以下には下がらないということ。

 ということは、何某かの物体を絶対零度にするためには絶対零度以下の温度が必要になるわけで、温度の下限である絶対零度よりも低い温度の物など用意できるはずもなく、そこまで冷やすのは無理だよねって話。

 もう一歩踏み込んでお話しすると外部からのエネルギーなしに物体を冷やすには膨張させるという方法があり、空気を圧縮すると熱が出て膨張させると温度が低くなるという実験を小学生の時にやったことがあるかもしれません。キャンプやアウトドア好きの方なら圧気発火機というものを知っているかもしれませんね。空気をグッと圧縮させることで温度を上げて火起こしをするアレです。

 で、この膨張を無限に行うことができるのであれば宇宙空間の全てのものは冷えていくことになるため、宇宙がこのまま無限に膨張を続ければ宇宙空間内のものは無限に温度を下げられて絶対零度にどんどん近づいていき…とはなるのですが限りなるゼロに近くはなるもののゼロにはならないとされています。

 ちなみに現在の宇宙の温度は平均すると-270℃ほど、絶対零度は-273.15℃だそうですから絶対零度に程近い数値になってはいますね。そんな温度どうやって測るねんという話ですが、「宇宙マイクロ波背景放射」と呼ばれる宇宙からの電磁波の測定値から算出された温度です。この話も足を突っ込みすぎると話がそれますのでこのくらいにしておきましょう。


 つい調子に乗ってダラダラと熱力学の法則を語ってしまいましたが、当記事の本題である「マクスウェルの悪魔」については熱力学の第二法則である「エントロピーは常に増大する」という部分が抑えられればとりあえず大丈夫です。


思考実験「マクスウェルの悪魔」

 何はともあれまずは「マクスウェルの悪魔」がどのような思考実験なのかから話を始めていきます。

 この思考実験マクスウェルが提唱したのは1867年ごろ。

 ある箱の中に仕切りが設けられています。この箱の壁は絶対に温度を通さない超々断熱素材です。(思考実験なので「そんなものはない!」なんて言わないこと。)

 隔てられた二つの空間の温度は同じなのですが、空間を隔てる壁には小さな扉があります。この扉は空気の分子がぶつかることで開き、隣の部屋へと送り込むことが可能です。

 さてこの装置を図にして見てみましょう。

 隔てられた部屋の中、つまり空気中には酸素や窒素・二酸化炭素・アルゴンなどの分子が飛び回っていますが、これらをひとまとめにしてとりあえず”空気の分子”として話を進めます。

 一つの部屋には空気の分子が10個づつ入っていて、それぞれの部屋の温度は均衡であるとします。

 ここでひとつ追加で抑えなくてはいけない要素が、温度というのは分子の動く量に依存しているということ。これも詳しく話し出すと長くなるので割愛しますが、温度が高い分子は活発に動き温度が低い分子の動きは鈍いと捉えておいてください。

 部屋の中の空気分子たちはそれぞれに温度を持っており、それぞれの運動量を持っている訳ですが”部屋の温度”といった場合にはそれらの動きの平均値が室温として捉えられます。

 さて、それぞれの部屋の中で動き回る空気の分子たちはたまに壁の扉にぶつかって隣の部屋に移動します。この時、本来の物理現象であれば扉を動かすのにもエネルギーが必要なので空気の分子が持つエネルギーが扉へ吸収されて温度が下がったり、扉を動かすための外部からのエネルギーを必要とする訳ですが、この思考実験上ではそれを考えないものとします。

 考えないものとするというより、この扉の開閉にエネルギーがかからないというのが重要な点でもあります。

 そして、ひとつの分子が右の部屋から左の部屋へと移動すれば空気の密度(つまり圧力)が異なるので左の部屋から右の部屋へと空気の分子がまた移動します(移動する確率が高くなる)。

 こうして各部屋の空気の分子はエネルギーの消費なしに行ったり来たりを繰り返す訳ですが、このような装置が用意できたとして登場するのが「マクスウェルの悪魔」です。

 この壁の扉に架空の門番である悪魔を置き、分子の動きの早いもの(熱い分子)は左の部屋へ、分子の動きの遅いもの(冷たい分子)は右の部屋へと移動するように扉を開閉します。

 分子たちはランダムに動くため、悪魔はそのランダムな動きの中で扉に近づいてきた分子が早いか遅いか見極め扉を開閉するだけです。この時、前提となる「扉の開閉にエネルギーを必要としない」ということをもう一度念押ししておきます。

 悪魔が分子の動きを見極めて扉の開閉を何度か繰り返した結果、左の部屋には早い動きの分子が集まり空気の温度が高くなり右の部屋には分子の動きの遅い分子が集まって空気の温度が低くなりました。

 外部からの仕事無し部屋の温度を変えられたということになります。言い換えれば、外部からのエネルギー無しにエントロピーが減少している、と見ることができてしまいます。

 つまり「熱力学の第二法則」であるエントロピーは常に増大すると言う部分が破綻してしまうことになります。何の仕事も無しぬるい白湯を「熱いお湯」と「冷たい水」に分けることができてしまう!?

 おいおい、ちょっと待てよ。悪魔が”仕事”してんじゃん!その仕事を無視するなんて何でもありじゃん!いくら思考実験だからといっても少々無理のある話ではないか……?


知的な悪魔と無知な悪魔

 部屋を隔てた壁の扉を開閉するのにはエネルギーを消費しない。この前提条件はそのまま変わることはありません。

 さてここで、二人の悪魔を連れてきます。

 片方は”知的な悪魔”であり、分子の動きを見極めることのできる悪魔です。この悪魔は分子の動きを見極めて扉を開閉します。

 もう一方の悪魔は”無知な悪魔”です。”無知な悪魔”は分子の動きを見極めることができません。扉に近づいてきた分子に対してランダムに扉を開閉します。

 この二人の悪魔にそれぞれ例の部屋を与えて扉を同じ回数だけ開閉してもらいます。

 ”知的な悪魔”が扉の開閉を行なった場合には、前述の通り左右の部屋に温度差が生じエントロピーを減少させます。

 方や”無知な悪魔”が扉の開閉を行なった場合には、扉の開閉はランダムに行われるため”知的な悪魔”と同じ回数だけ扉を開閉しても部屋の温度はほとんど変わることはありません

 扉の開閉を繰り返せば繰り返すほど”知的な悪魔”が担当する箱はエントロピーが減少し、”無知な悪魔”が担当する箱の左右の部屋は均質(無秩序)なものになっていきます。

 この時、”知的な悪魔””無知な悪魔”の間にある差は「情報」の有無です。

 悪魔が扉を開閉するときにはエネルギーを消費しないという前提ですから、「情報」を持っているか否かだけの違いでエントロピーを操作可能であることになります。

 この「情報」というものにエネルギーの消費ないしはエントロピーの増大は生じているのだろうか。

 ちょっと考えてみましょう。

 目の前にあるマグカップに入ったコーヒーを飲みたいとき、頭で考えるだけでそのマグカップが口元に運ばれてくることはあるでしょうか?

 「マグカップよ動け!」と頭の中で念じるだけではコーヒーを飲むことはできませんよね。つまり直感的には”情報は仕事をしない”ということになります。

 であれば、知的な悪魔が「情報」を持っているだけでエントロピーを減少させることはできないのではないか?いや、しかし思考実験上では確かにその”情報”とやらの有無がエントロピーの減少に起因しているぞ。

 外部からの仕事なしに、単なる「情報」のような抽象的な概念が仕事をしているように見える。一体どういうことなんだ。「知っている」か「知っていない」の違いが熱力学に対して何を生み出しているのだろうか。

 こうして「マクスウェルの悪魔」という思考実験パラドクスを生むのです。

 もしかしたら「情報」というものは熱力学の第二法則を破り永久機関を作るための重要な手がかりになるのではないか……とすら思えてきてしまいます。

 この「情報の有無」の違いがわかるとさらに不思議なことが起こります。

 「扉の開閉にはエネルギーを消費しない」という前提条件がありましたが、仮にこの扉の開閉にエネルギーが消費(外部からエネルギーを供給)されていたとしても、それぞれの悪魔の振る舞いは変わりません

 ”無知な悪魔”ランダムに扉を開閉させている以上、試行回数が増えれば増えるほど左右の部屋の温度は均質化します。外部からエネルギー与えられたところで「情報」を持たない”無知な悪魔”が担当する箱のエントロピーが減少することはないのです。


情報が熱を持つ

 マクスウェルが思考実験「マクスウェルの悪魔」を提唱したのは1867年ごろのこと。この時代はまだ現在のコンピュータの前身となる集積回路が発明されてまもない頃のことでした。

 厳密に言えばコンピュータは存在するのですが、現在の私たちが享受しているような汎用性の高いものではなく語弊を恐れずに言えば大型の超高性能計算機と言ったところ。

 この時代に多くの科学者たちがコンピュータを研究し、同時に情報理論も大きく進展していくことになります。情報理論の扱う具体的な例としてざっくり紹介するとコンピュータを使って情報処理を行なったりデータを解析するなどの方法論が研究分野です。

 情報理論の中には数学、統計学、工学、言語学、そして物理学といった広い範囲の学問が絡み合っていて例に挙げたようなコンピュータ関連だけに留まりません

 さてさて、物理学も内包しつつ別の分野として研究されていたこの情報理論の分野にも「エントロピー」という言葉が存在します。

 物理学上「エントロピー」物資の無秩序性を表す言葉であったように、情報科学での「エントロピー」情報の分散性を表すこととになります。きちんと整理された情報エントロピーが低く、整理されていないバラバラな情報エントロピーが高いと表現されます。

 とはいえ当初は物理学的熱力学が用いる「エントロピー」情報理論で言う「エントロピー」別物として扱われてきました。

 しかし、情報理論の著しい発展と共に「情報理論にエントロピーという概念が適応できるのであれば、熱力学的な”熱”に相当するものが情報理論にも存在するのではないか?」と考えられ始めます。

 と、ここからの研究やら論文やらを私が簡潔に説明できるほど甘い世界では無いので色々とすっ飛ばして結論へと行ってしまいますが、なんと情報理論で言うエントロピーが持っているであろうとされた””は物理学的な熱力学で言うところの”熱”と同じものだったのです。

 よくよく考えてみれば、人間が情報を蓄えるための脳食物を源とするエネルギーが必要なわけで脳内での情報整理取り出しには相応のエネルギーが必要になります。

 同じようにコンピュータの集積回路上でも電気エネルギーを糧として情報を整理しそれを利用しています。そして情報を元に何かの仕事を実行しそれを繰り返すとき、一つ一つの仕事にはメモリ(仕事を読み書きするところ)の書き込みと削除が必要となります。

 このメモリから情報を削除すると言うことにエネルギーの散逸が必要となり、すなわちエントロピーを増大させていると言うことがわかってきました。

 つまるところ、「マクスウェルの悪魔」で登場する”知的な悪魔”コンピュータであると仮定した場合、知的な悪魔が持つ情報を取り扱うこと自体にエントロピーの増大が発生し、熱力学第二法則を破ることなく仕事をしていると見られるようになりました。

 一見するとなんとも無理のある「マクスウェルの悪魔」と言う思考実験でしたが、現在では熱力学情報理論を結びつけるための橋渡しを行い、新たな情報熱力学という分野へと発展するまでになっています。

 研究者科学者たちの燃え上がるようなその探究心には本当に感服いたします。人間の持つ脳内の情報エントロピーというのは一体どれほどの熱エネルギーを蓄えているのでしょうね。

 「情熱」とはよく言ったものです。


参考

Maxwellのデーモンと情報熱力学:東京大学大学院理学系研究科(PDF)
情報処理の熱力学:東京大学大学院 総合文化研究科(PDF)
マクスウェルの悪魔(Wikipedia)


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