私たちの住むこの地球上で重い鉄球と軽い羽を同時に落とすとどちらが早く落ちるでしょうか?答えは簡単ですね、重い鉄球の方が早く落ちます。「鉄も羽も同時に落ちるのでは?」と思った方は地球上という前提による空気抵抗を無視してしまっています。(厳密にいえば地球上で真空空間をつくることはできますが……)
私たちは学校で「空気抵抗のない空間では全てのものは同じ速度で落下する」と学んでいますよね。この命題について私たちは特に疑問を抱くこともないかもしれませんが、むかーしの人たちは「重いものは早く落ち、軽いものは遅く落ちる」と経験則的に考えていました。その経験則的思考に一石を投じたのがかの有名なガリレオ・ガリレイによる思考実験です。
思考実験といえば技術的に現実不可能であったり倫理的な壁によって実験できないものなどが印象的です。しかし、今回紹介するガリレオ・ガリレイの「全ての物体は同じ速さで落ちる」という内容の思考実験は比較的簡単に実験可能な手法でありながら実験するまでもなく「そりゃそうだ」と言いたくなるようなシンプルな実験です。
今回の記事ではこの思考実験について詳しく紹介していきたいと思います。
目次 ・ガリレオの思考を図にしてみよう ・もし重い鉄球の方が早く落ちるのならば…… ◾️思考実験①:引っ張り合う鉄球 ◾️思考実験②:紐でつながれたひとつの物体 ・結果が異なるふたつの思考実験 ・現代科学による実験 ・思考実験は妄想ではない
ガリレオの思考を図にしてみよう
先述の通り、むかーしの人たちは経験則的に感覚的に”重いものは早く落ちる”と考えていました。その時代の人たちからすれば「重い鉄球の方が早いに決まってんじゃん!考えるまでもねぇ!」って答えたのかもしれませんが、ガリレオはさらにこの二つの鉄球を紐で結ぶとどうなるのかをじっくり考えてみました。
このように「大きく重い鉄球」と「小さく軽い鉄球」を紐でつなげた時、もし重い鉄球の方が早く落ちるのならどのような落ち方をするでしょうか?
もし重い鉄球の方が早く落ちるのならば……
まずは「重い物体ほど速く落ちる」という感覚的な考えを”仮説”として話を進めてみます。
◾️思考実験①:引っ張り合う鉄球
ふたつの鉄球を紐で繋げた場合、速く落ちる重い鉄球は遅く落ちる軽い鉄球に引っ張られることになり落ちる速度が落ちます。対して、遅く落ちる軽い鉄球は速く落ちる重い鉄球に引っ張られるので落ちる速度が速くなります。
上記のような事が起こった場合、紐でつないだ鉄球の落ちる速さはそれぞれの鉄球の中間の速さになると考えられます。
◾️思考実験②:紐でつながれたひとつの物体
紐でつながれたふたつの鉄球は「紐でつながったひとつの物体」として考えることもできます。この場合、紐でつながったひとつの物体の重さは重い鉄球と軽い鉄球の重さを足した重さになるため、重い物体ほど速く落ちるという仮説が正しい場合にはさらに速く落ちることになります。
結果が異なるふたつの思考実験
「思考実験①:引っ張り合う鉄球」では鉄球の落ちる速度はふたつの鉄球の速度の中間ということになりました。もうひとつの「思考実験②:紐でつながれたひとつの物体」ではふたつの鉄球を足した重さの速度だということになりました。
あらら、鉄球の重さもつないだ紐も同じ条件のはずなのに2つの答えが出てしまいました。ものが落ちる速さは時と場合によって変わる(空気抵抗や重力の強さ)とはいえ、同じ条件下で考え方が違うだけで別の現象が起こるということは現実に起こっている現象と矛盾しています。
もし考え方が違うだけで落ちる速度が変わってしまうと野球なんて出来たものではありません。バッターはもっと速く落ちだろう!と考えるでしょうし、外野の選手はもっと遅く落ちるだろう!と考えるでしょう。しかしながらボールの落ちる速さは人の考えを反映して落ちる速度を変えはしません。
こうした矛盾からガリレオ・ガリレイは「重い物体ほど速く落ちる」と仮説は間違えであると考え、実際に高い場所から重さの違うものを落とす実験を行い「全ての物体は同じ速さで落ちる」ということを示しました。
有名な逸話では、イタリアのピサの斜塔から物を落として実験をしたと言われていますがこれには諸説あり事実とは異なる可能性もあります。
現代科学による実験
ガリレオ・ガリレイの時代には真空の空間で実験を行うことは難しかったのですが、現代の科学力では広い空間を真空に近い状態にする事が可能です。
アメリカ・オハイオ州にあるNASAの実験施設「Space Power Facility」は、広い空間内の空気をほぼ全て抜く事が可能な施設で、空間内の30トンもの空気を2グラムにまですることが出来ます。(広い空間とはいえ、空気が30トンもあるっていうことだけでも普段の私たちはあまり意識しませんね……。)
2014年にこの「Space Power Facility」を用いて、羽とボウリングの球を同時に落とす実験が行われている動画があります。
動画を見てもらえるとわかりますが、空気のある状態では羽はふわふわとゆっくり落ちてきますが空気を抜くとボウリングの球と同時に落下している事がわかります。
この実験結果には実験しているひとたちもなんだかびっくりしている様子が伺えます。知識として知ってはいても経験則というのはヒトの感覚に強く影響を与えているのでしょう。実際に羽とボウリングの球が同時に落下する様はなんだか幻想的に見えますね(スローモーションの効果もあって)。
余談ですが、同じ速さで落ちてもボウリングの球は床を破壊しますが、羽は優しくふわりと舞い落ちます。位置エネルギーから得られる運動エネルギーは羽もボウリングの球も同じですが、質量から得られる運動エネルギーが異なるため床を破壊するほどのエネルギーをボウリングの球は持っているためですね。
こうした実験から速度が同じでも質量によって運動エネルギーが大きく異なることも同時に見て取れるのは面白いと思います。
思考実験は妄想ではない
ガリレオ・ガリレイの思考実験はいかがでしたでしょうか。思考実験というと現実味のない妄想やSFチックな極端な話が多いですが、ガリレオのような現実に則した思考実験もあります。というか科学というのは基本的に思考実験から始まると言って過言ではないと思います。多くの科学者は何かの実験をする前に様々な仮説を立ててそれを実現すべく実験をしています。
そしてそうした思考は科学者や哲学者たちだけでなく、私たちはみんな日常暮らしている時に様々な予測や仮説を立てながら活動しています。時に慎重に、時に大胆に、自分の頭で考えながら行動するだけで自分の望んでいる未来がより手に入りやすくなるはずです。波に飲まれ、風に吹かれながらも自分の思考は大切にしたいものですね。