人造人間やフランケンシュタインと聞くとSF(サイエンスフィクション)の世界のようですが、どうやらもはやフィクションではなくなりつつあるようです。「培養された脳と機械の脳」という記事で紹介した”3次元的に培養された脳”の完成により人体のほぼ全身のオルガノイドが揃いました。
オルガノイドとは試験管内で3次元的に作られた臓器のことで、本物の臓器よりも小型で単純な作りではあるものの本物の臓器と同じような解剖学的構造を持っている人工培養臓器のことです。
これらの全身の臓器オルガノイドをつなぎ合わせることで擬似的に人体を作り出すことに成功し、新薬の開発や毒性の確認などがこれまでよりも劇的にやりやすくなる可能性があるようです。
目次
−小さな人体を再現
−ノーリスク人体実験への希望
−生体機能チップの模型映像
小さな人体を再現
今回の話の中心となる複数臓器オルガノイドアーキテクチャは米ウェイクフォレスト大学再生医療研究所(WFIRM)の研究チームによって開発され、2020年2月26日に学術雑誌「バイオファブリケーション」に掲載されました。
その概要によれば肝臓、心臓、肺、血管、精巣、結腸、そして脳までもオルガノイドで構成されたミニ人体は試験管内で少なくとも28日間”生存”していたようです。概要記事を読む限りでは検出されたバイオマーカーの変化を”生存”と位置付けているようなのでこの構造体に”意識が宿っている”わけではありません。
「培養された脳と機械の脳」でも紹介しましたが脳オルガノイドに意識が宿るほど成長させようとするには血管や心肺機能の循環系や感覚系の入力刺激が必要とされています。
今回製作されたミニ人体によって脳オルガノイドに刺激をあたえるという実験するのには十分な臓器機能を備えているようにも見えますが、ミニ人体という通り大きさが成人の100万分の1程度しかないためそもそも脳細胞数が少なく意識を作り出すのは難しいかと思われます。
ノーリスク人体実験への希望
100万分の1程度の大きさとは言え人造人間とまでは言えないまでも十分に人体の構造を再現できているようです。実際に医薬品の毒性や副作用も検出されており新薬の開発に大いに貢献できる可能性があります。また培養する細胞をパーソナライズ(個人化)することで対象の医薬品が個人に対してどのように影響するか(副作用の有無など)が事前に調べられることに期待できるようです。
これまでの新薬開発ではヒト臨床試験と言って実物の人間に試験薬を投与することでその薬の効果や副作用を確かめるしかありませんでした。もちろんいきなり人間に投与するのではなく動物実験を先に行ってその効果や危険性は試験されるのですが、ヒトにも同様の効果があるかはやはり人体に投与してみるまではわかりません。
そこで、このヒト由来の複数臓器オルガノイドによるアーキテクチャ(構造物)を使うことで動物実験クリア後に複数臓器オルガノイドへの試験を経由して最終的にヒト臨床試験を行うなどのリスク軽減が考えられます。
実際にリコールされた医薬品での実験では、ヒトに投与した場合と同じ毒性が検知され同様の副作用も再現できました。
最終的にはやはりヒトでの臨床試験は必要ではあると考えられますが、試験や実験を重ねることで将来的には人体実験的なリスクは大幅に軽減されることが期待できますね。
ゆくゆくはノーリスクで擬似的に人体実験を行えるようになり、果ては動物実験すらなくなれば良いのになって思いますね。科学の進歩には犠牲が必要だと言われたりしますが、その犠牲を少なくできるのもまた科学の力なのです。
生体機能チップの模型映像
今回紹介した米ウェイクフォレスト大学再生医療研究所(WFIRM)のものとは別の人体再現チップではありますが、ベルリン工科大学のスピンオフ企業である「TissUse」は2018年に10種の臓器を配置したチップの模型動画を出しています。実物のチップとは異なるかとは思いますがここまでの話がイメージしやすいと思いますので紹介しておきます。
この動画で紹介されているものは2018年時点のものなので現在どのような形になっているかはわからなかったのですが、TissUseによるチップ作成をはじめ複数の研究所で「生体機能チップ」の開発が活発に進められているようです。
以前「培養された脳と機械の脳」で紹介した脳オルガノイドはiPS細胞によって作られていましたが、iPS細胞が初めて作られたのが2006年のことで、開発者である山中伸弥氏がノーベル生理学・医学賞を受賞されたのが2012年ですからここ数年で人体を擬似的に構成できるほどまで進歩しているという事実が凄いですよね。
参考記事
・世界で最も先進的な人体の実験モデルが開発される
・動物実験の7割を代替できるTISSUSEの人工臓器チップ
・Drug compound screening in single and integrated multi-organoid body-on-a-chip systems