緊急事態宣言によってお店の営業自粛や外出の自粛によって沢山の人たちが窮屈で辛い生活を強いられているなか、SNS界隈では「アマビエ」という妖怪を描くと「疫病に効く」との話題が広がりイラストレーターや漫画家などの作家さんたちが妖怪アマビエのイラストや創作物をSNSに投稿して一刻も早い事態の収束を願っています。
そんな妖怪アマビエですが、そもそもアマビエとはいったい何者なのか。そしてSNSでアマビエが流行した経緯とは。謎の妖怪アマビエについての情報をまとめておきます。
目次 ・妖怪アマビエとは ・SNSでの流行について ・アマビエの正体は「アマビコ」? ・予言し除災する妖怪たちの護符 ・余談:私の描いた「アマビエ 」についての解釈 ー要素1:「突き出した口」 ー要素2:「長い髪のようなもの」 ー要素3:「体の鱗のようなもの」 ー要素4:「3本の足状のもの」 ・アップグレードされた「アマビエ」
妖怪アマビエとは
妖怪アマビエとは江戸時代の後期に刊行された瓦版(当時の新聞)にて描かれた妖怪で、夜の海に現れて豊作と疫病についての予言を残したと言い残されています。その当時の瓦版に記された内容をwikipediaから引用します。
肥後国海中え毎夜光物出る。所の役人行見るに、づの如く者現す。私は海中に住、アマビヱと申す者也。當年より六ヶ 年の間諸国豊作也。併し、病流行、早々私写し人々に見せくれと申て、海中へ入けり。右写し役人より江戸え申来る写也。 弘化三年四月中旬
wikipedia「アマビエ」より
この現代語訳にすると以下のような感じになります。
肥後国の話。毎晩海の中に光るモノが現れるということで役人が確認しに行ったところ、そのモノが姿を現した。そのモノが言うには「私は海の中に住む”アマビエ”と言う者。今年から6年間この国は豊作に恵まれる。しかし同時に病が流行るので私の姿を描いて写したものを人々に見せなさい。」とのこと。瓦版に描かれたそれはその役人が江戸へ伝えるために役人が描いた物である。弘化3年4月中旬
筆者訳のため多少の誤訳はあるかと思います。
そしてそのアマビエが描かれていたと言うのが以下の瓦版。
ゆるキャラかっ!これはバズりますわ。当時のお役人が描いた物とは言え図絵に味がありすぎます。右半分の達筆な筆文字とのギャップがたまらなく良いコントラストです。こんなSNSで流行りそうなポテンシャル十分のアマビエがなぜ今になって爆発的に話題に上がったのか。次は昨今のSNSでの流行についてお話します。
SNSでの流行について
みんな大好きwikipediaによれば、2020年のアマビエ大流行のきっかけを作ったのが妖怪掛け軸専門店「大蛇堂」さんによる以下のTwitterでのつぶやきでした。
とんでもない勢いで某ウイルスが流行ってますが妖怪の中に「流行り病がでたら対策のためにわたしの姿を描いて人々にみせるように」と言ったのがいるんですよ。
— 大蛇堂@陰陽師展4/9~4/19 (@orochidou) February 27, 2020
アマビエって言うんですけど。 pic.twitter.com/y4pCLAbPkQ
このツイートでも言われている”姿を描いて人々にみせるように”との文言をきっかけに多くのTwitterユーザーがこのアマビエを描き始め「#アマビエ」「#アマビエチャレンジ」「#アマビエ祭り」と行ったハッシュタグと共にTwitterに投稿を始めます。
この時点ではプチ流行と言ったところでしたが、そんな中で漫画家のトキワセイイチさんが「アマビエが来る」と言う短編の漫画を公開します。その漫画が以下のものです。
「アマビエが来る」(2/2)#アマビエ pic.twitter.com/xkmYlAGmxm
— トキワセイイチ@通販・委託開始 (@seiichitokiwa) March 6, 2020
このツイート漫画が多くの人にウケて一気に”アマビエ旋風”を拡大させました。Wikipediaの情報によればこれまでの「アマビエ」を含むツイートは1日に10件ほどでしたが、大蛇堂さんのツイート直後には162件、そして1週間ほど後には4700件にまで増え、トキワセイイチさんの漫画ツイートの後には38000件にまで激増しています。
わずか2週間ほどでSNSでの話題件数が3800倍ですからね。爆発的な流行であることがこの数字からもわかります。そりゃあんなゆるキャラみたいなのが妖怪だって言われたら誰だって笑っちゃうし、特にトキワセイイチさんの漫画は本当に秀逸です。
漫画内に描かれているアマビエがデフォルメされたものかと思いきや、江戸の瓦版に本当にそのように描かれていたんですからね。この漫画を見て「アマビエって何だ?」と調べた多くの人が元となった瓦版を見て衝撃を受けたことでしょう。
こうしてSNS(特にTwitter)で爆発的に流行の火がついたアマビエは「#アマビエ」「#アマビエチャレンジ」「#アマビエ祭り」のハッシュタグとともにFacebookやInstagramでも大きな話題となりインターネットミームの仲間入りを果たすこととなりました。
アマビエの正体は「アマビコ」?
急に大きなスポットライトを浴びることとなったアマビエですが、その正体はいったい何者なのでしょう。妖怪に正体も何も無いって話かもしれませんが、実はこのアマビエと言う妖怪は先ほど紹介した江戸後期の瓦版以外に目撃記録が無いのです。
他の妖怪であれば日本各地で目撃事例があったり、その土地において風習や風俗とともに語り継がれたりもしますが、アマビエに関してはこの一件だけ。近代の創作物(漫画やアニメ)には登場するものの、目撃情報としては不思議なことに他にないのです。
そんなお江戸の一発屋妖怪ことアマビエですが、民俗学者である湯本豪一氏によればその正体は「アマビコ」の誤記であると言うのが定説とのことです。
「アマビエ」の誤記の元となった「アマビコ」は尼彦・海彦・天日子尊(あまびこのみこと)と言った具合に漢字の表記は異なるものの複数の記録が残っています。それらの言い伝えではアマビエの時と同じように豊凶と疫病を予言しており、さらにアマビコの場合は「自身(アマビコ)の図像を写し描くことで除災できる」ことが明示されている例もあるとのこと。
アマビエの場合には「私の姿を描いて写したものを人々に見せなさい」とは言うものの”除災”は明示されていません。このことから「アマビエを描き写しても除災の効果はない」という見方もありますが、一方で複数記録が残っている「アマビコ」のミームが広く言い伝わっていたことを前提にすれば多少の誤記(アマビコ→アマビエ)は無視して「図像の写し=除災」と言う認識があったものと考えられます。
いずれにしても、アマビエは「豊凶の疫病の予言」を人々へ伝える妖怪の一種として認識して問題無さそうです。アマビエの目撃例が一件しかないと言うのが誤記によるものであれ何であれ、江戸の人々が除災の護符としてアマビエの瓦版を持ち帰ったり描き写したりしていたことが2020年現代の私たちと重なって見えて何だか親近感が湧きますね。
予言し除災する妖怪たちの護符
予言する妖怪といえば有名なのが「件(くだん)」ではないでしょうか。牛の体に人面の顔。牛から生まれて人語を話し、その話の内容は豊凶や流行病の予言であり、くだんもまたその絵姿が厄除招福の護符とされています。
他にも厄除けの護符としては、比叡山延暦寺を復興させたことで知られる慈恵大師(じえだいし)が夜叉の姿になって疫病神を退治した逸話を元にした「元三大師のお札」も魔除けの護符になっています。この護符は「角大師」などの名でも知られ現在も多くのお寺で護符を受けることができます。京都のお店でたまに見かけることがあるので、探してみるのも楽しいかもしれません。
また、漫画「鬼灯の冷徹」でも有名になった中国の聖獣「白沢(白澤:ハクタク)」も吉兆を伝える存在で除災についての忠言を残しており、日本に伝わった時には魔除けやお守りとして「白沢図」が用いられていました。
余談:私の描いた「アマビエ 」についての解釈
ここからは余談です。私は美術作家を名乗っているものですからやはり私も絵を描きます。作品の題材は「ミーム」でありこのブログのテーマにもなっています。
ここ最近のアマビエブームはまさにインターネットミームの特徴を凝縮したような現象で、ある特定のコミュニティ(妖怪好きの人たち)にとってはよく知られていたモノが、一般層に”再発見”されることによってインターネットを通じて爆発的に流行しました。
昨今でいえばタピオカなんかもそうですね。私は小腹が空いた時にタピオカミルクティをよく飲んでいましたが、SNSでの流行以後は”若い女性”のイメージが強くなってしまい買わなくなってしまいました。
閑話休題。アマビエ がインターネットミーム化したことによって私自身が描く口実ができたと言うこともあり先日描いたものがこちら。
元となった瓦版とは似ても似つかぬとは思いますが、あくまでもインターネットミーム化したアマビエの私なりの解釈でこういった姿になりました。
元となった瓦版から抽出できるアマビエ の姿の特徴は大きく見て4点「突き出した口」「長い髪のようなもの」「体の鱗のようなもの」「3本の足状のもの」。これらの要素はSNS上での「#アマビエチャレンジ」を通して創作されているアマビエ像のほぼ全てに見られます。そこで、ミーム化したアマビエの4要素それぞれを詳しく見て解釈していきます。
要素1:「突き出した口」
まずは「突き出した口」。これは多くの人が「鳥のクチバシ」のように描いています。突き出した口といえば安直に鳥のクチバシがイメージとして出てくるのかもしれませんが、妖怪と言う要素から鑑みるにおそらくは「カッパ」のイメージも多分に含まれているものと思われます。と言うことで私もこの「突き出した口」をクチバシ様に描きました。
要素2:「長い髪のようなもの」
次に「長い髪のようなもの」。これについてもやはりほとんどの人たちが体毛や毛髪として描いています。見方によっては藁蓑(わらみの)の様に見えてもおかしくない描き方がされていますがそういった図像はあまり見られません(私が見つけていないだけかもしれません)。
秋田県の男鹿半島に伝わる「ナマハゲ」や山形県の上山市に伝わる風習「加勢鳥(かせどり)」に見るように、アマビエのそれも「藁蓑(わらみの)」であった可能性は十分に考えられます。しかし、現代の我々にとって「藁蓑(わらみの)」は一般的な生活からは遠い物となってしまっているのでアマビエを描く際に藁蓑(わらみの)のイメージ(ミーム)が出現することが無かったのでしょう。
要素3:「体の鱗のようなもの」
次に「体の鱗のようなもの」です。これはアマビエ が海中から現れたと伝えられたことから描かれた当時も魚の鱗として描かれている可能性は高そうです。また、耳元には魚の鰭(ヒレ)の様なものも描かれていることもその可能性を高める要因と考えます。したがって、私も同様に魚の鱗様のものとして描きました。
要素4:「3本の足状のもの」
最後に「3本の足状のもの」です。これについてはたくさんの作品毎に作家さんたちの独自解釈と特徴が一番よく出ている部分ですが、この部分を3本の足と見るか3本の尾鰭と見るかによって大別できます。
3本の足として見た場合、クチバシに合わせて足を「鳥の足」の様に描いていることが多く見られました。対して、3本の尾鰭として描いている場合には体の鱗とシームレスに繋がっている表現や中にはタコの足の様に3本以上の複数の足をニョロニョロと描いているものもありました。
他の要素と比べて、足元の表現は元絵となっている瓦版のものでは何をどの様に描きたかったのかがよくわかりません。それが故に様々な作家さんによって多種多様な表現が生まれているわけです。
そして、私がこの足元部分をとの様に解釈したかと言うと、「もし本当に役人が”見た”ものを描いたのなら」と言う前提で瓦版の絵図を解釈しました。そのように見たとき、瓦版のアマビエは背景が波模様であることを見ると海面上に立っていることになります。しかし、瓦版アマビエの絵図の(良くも悪くも)稚拙な表現を見るに足元は海中にあったのでは無いか、もしくはそのように描きたかったのでは無いかと言う解釈をしました。私がこう言うのは2つの予測からです。
瓦版アマビエの向かって右側の毛状の物が頭から足元まで伸びていると言う点、そして向かって左側の毛状の物は足元と重なって描かれている点。このことから足元はアマビエ本体としては最後に描かれたであろうと予測しました。つまり子供が全身の絵を描く時のように頭から足までの輪郭を先に書いたのではなく、足元の処理に困って適当に書いたのでは無いかと言うのが一つ目の予測です。
そして背景の波模様はアマビエ本体との線の重なりがないことから絵全体として最後に描かれた部分であり、それが手前まであると言うことから浜まで上がってきていない、つまりは海面上に”顔を出した”場面を描いているのではないかと考えました。また瓦版に描かれた文言が”海中に現れた”と言う表現であり”海面上にたっていた”と言う表現ではなかったと言うことから足元は海面下にあるため、描くつもりがなかったのではないかと言うのが二つ目の予測です。
以上の二つの予測から私の描いたアマビエは「ミームの海」に下半身を沈ませた状態で描いています。ただし、「3本の足状のもの」と言う要素は捨てがたい大きな要素であるため毛状の物を左右に3束ずつ描くことで表現しました。
アップグレードされた「アマビエ 」
いかがでしたでしょうか。SNSに突如として現れた妖怪アマビエの正体は民俗学的な定説においては「アマビコの誤記である」と言うことですが、その定説はあくまでこれまでのアマビエ像です。このアマビエブームが後にどのように残っていくか(はたまた一過性のものなのか)わかりませんが、これからのアマビエは単なるアマビコの誤記を通り越して新しい意味と価値が付加されたアップグレードアマビエとして私たちの健康を見守ってくれるのかもしれません。
2020年、SNSによるアマビエの流行は一刻も早くこの疫病の収束を願うという思いと同時に、緊急時大宣言の中で息苦しさのある社会に笑いと癒しをもたらしてくれた妖怪として現代版の妖怪にアップグレードされたのではないでしょうか。
人類と疫病の戦いは今に始まったものではありません、過去にはペストや天然痘、コレラやインフルエンザなど多くの疫病と戦ってきました。その度に残念ながら多くの犠牲があったものの人類絶滅は回避され、今私たちは新しい疫病と戦っています。インフルエンザは毎年のように流行りますし。数年後にはまた新しい疫病が出てくるであろうことはほぼ確実です。
その度にこれからは「アマビエ 」が出現してくるだろうと言うこともまた確実なのかもしれません。妙な癒し効果を持ったアマビエ は、元となったとされるアマビコやくだんとは違った性質を持ったのですから「アマビエ はアマビコの誤記である」なんて忠告は無粋なものになっていくのかもしれませんね。
200年前の瓦版が現代のSNSで話題となったように、これから200年後の人々は2020年のアマビエ流行をどのように見るのでしょうか。
ミームの海から突如として現れて人々を楽しませ勇気付けてくれている。#アマビエチャレンジ #アマビエ pic.twitter.com/uTQ1bjDRRA
— あきら (@akira_gunjou) April 14, 2020