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【無限の猿定理】無限の猿はシェイクスピアを書くか【生命の誕生】

 西洋文学における古典文学として最高峰ともいえる作品を生み出したシェイクスピア。その代表作には「ハムレット」「リア王」そして「ロミオとジュリエット」など数多くの名著があります。

 本を読んではいなくとも、これらの作品についてなんとなくのあらすじやお話を知っている方も多いのではないでしょうか。

 時に”大人の教養”として「シェイクスピアくらい読んでないと」なんて言われたりもしますが、これはシェイクスピアの作品が近現代の作品に多大な影響を与えているからという一面もあります。

 シェイクスピアの著書で語られる名言格言は昨今の作品でも引用されることが多く、物語の構造(プロット)を引用したりオマージュしている作品も数多くありますね。

 「ロミオとジュリエット」から作品の着想を得たとされる「ウエスト・サイド・ストーリー」は私も大好きで年に何度かDVDを見るほど。

 さて前置きが長くなりましたが、そんなシェイクスピアの作品を”猿”がタイプライターで書くことは可能でしょうか。

 なに言ってんだ?と思われるかもしれませんが、これは猿の知能が云々という話ではなく数学的に”ランダム”な文字列(ないしは数列)には全ての情報が内含するということを示すものです。

 円周率が紡ぎ出すランダムな数列にあなたの誕生日や大事なパスワードが含まれているのと同じように。

 そして原始の海が無数の化学反応の結果として天文学的な確立生命を生み出したように。

目次
無限の猿定理
円周率には生年月日が隠されている
原始の海と生命の誕生


無限の猿定理

 打鍵が100個あるタイプライターを目の前にした猿。

 はそのタイプライターの使い方すら知らず、とにかく無意味にタイプライターを叩きます

 もちろんタイプライターが文字を打つものだとも分かっていませんし、そこに打ち込まれた記号が”文字”であることすら認識していないでしょう。

 ましてやその文字が時に意味を紡いでいることなどにとっては知ったこっちゃありません

 そのランダムタイプライターを叩く中で時折、人間の使う言葉のような物が現れます。つまり、ランダムな文字列の中に”秩序”らしきものが見えるのです。

 しかしその秩序はあくまでランダムに、そして無意味に打鍵された結果たまたまそのように打たれただけであってにとっては何の意味も意図もありません

 そうした無意味な打鍵から意味を持つ単語が打たれる確率を計算してみましょう。(以下の例はwikipediaを参考にしています)

 単純な構造のタイプライターを利用することを仮定して、そのタイプライターには100個の打鍵があるとします。(とは言えパソコンのキーボードもテンキーを含めておおよそ100個程度しか打鍵はありません。)

 では「monkey」(猿)という言葉が打たれる確率を計算してみましょう。

 「m」という文字が打たれる確率は、100個の打鍵に対して1文字ですので1/100の確率です。

 同様に「o」という文字が打たれる確率も1/100。それぞれの文字が打鍵される確率は1/100ですから

 「m」「o」「n」「k」「e」「y」と順番に打鍵される確率は

(1/100)×(1/100)×(1/100)×(1/100)×(1/100) ×(1/100)=(1/100)6

 つまり1兆分の1の確率無意味に「monkey」の文字を打ち出すことになります。パーセント表記で表すならば0.000000000001%の確率です。

 これが意味するのはあくまでも確率です。そしてその確率が0%でないことが非常に重要となります。

 仮に1万字の小説をこの猿が打つ確率を計算すると、(1/100)100*100となり

 天文学的確率ではあるものの、確率としては0%になりません

 そう、これを拡大解釈すれば猿がシェイクスピアを書くことが可能なのです。自身がその意味を理解しているか否かとは無関係に、ランダムな文字列の中に秩序が生まれ、そして文学作品の傑作が生まれる可能性があることとなります。

 無限匹の猿タイプライターを打たせると、その中のどれか1匹が「ロミオとジュリエット」の運命的な出会いを紡ぎ出す確率は0%ではないのです。

 その天文学的確率を成立させるために天文学的な数の猿が必要であることから、この定理は”無限の猿”と呼ばれます。


円周率には生年月日が隠されている

 無限の文字列と言えば「円周率」が真っ先に思い浮かびます。3.14……で始まるアレですね。

 円周率といえば(円周の長さ)÷(直径の長さ)で求められる数列で、この計算は(今のところ)完全にランダムな数字が無限に続くとされています。

 小中学生の時に数十桁まで暗記しているという友人もいましたが、2019年の時点円周率約31兆4000億桁まで計算されています。(参考記事「日本人技術者、円周率を「約31兆桁」計算 世界記録塗り替える(BBC)」)

 31兆桁の数字読み上げるだけでも33万年かかるらしいですよ(笑)31兆桁を暗記していると言っても証明に33万年もかかるんです。

 このランダムであり無限に続く数列の中には、あなたや私の生年月日のみならず大切なパスワードマイナンバーまで記載されている可能性があります。

 ネット上には100万桁の円周率を記載しているページもあるので、そこで自分の生年月日を探すのも面白いですよ。(私の生年月日は残念ながら100万桁内にはありませんでしたけど……)

 円周率が吐き出す無限の数列の中にはこのように意味のある数列が含まれているわけですが、円周率自体は生年月日を表記するものでもなければマイナンバーを隠しておく場所でもありません

 あくまでも円周の長さと直径の長さの比率を表す数字であるだけで、シェイクスピアを書き上げた猿が「傑作文学作品を書こう」とした訳ではないことと同じです。

 円周率の中に意味を見出しているのはそれに意味を与えるという人為的なものであり、そこで見出される”秩序”もまた本質的に意味のあるものではありません

 「私の誕生日があった」というそこに感じられる秩序は、別の誰か(例えばあなた)にとっては何の意味もないランダムな数列の一部です。

 もう一度言い換えれば、によってランダムに打ち出された「monkey」の文字列を「猿が”monkey”って打った(笑)」と意味を与えるのは人間側の役割です。

 「猿がシェイクスピアを書くか」という命題の中で、猿自身の意思や意図があるように見せかけていることと、そこに秩序を生み出していると感じさせることで不可能なことのように思えてきます

 無限に続くランダムな文字列人が意図して紡いだ文字列とがたまたま合致したに過ぎないということがわかれば、無限の猿無限の時間をかければ割と可能なんじゃないかと感じませんでしょうか。

 このたまたまの合致意味因果考えてしまうのが人間の性(さが)というか性質なのかもしれませんね。

 ランダムな文字列の中でロミオジュリエットが出会ったとて、それはやはりランダムな文字列であることに変わりはなく、そこに運命悲劇ストーリーを見出すのは作為的な人間の行いなのです。


原始の海と生命の誕生

 さて、もうひとつランダムな現象秩序を生み出す例を紹介しましょう。

 それは生命の誕生です。

 生命の誕生には謎がまだまだ多く仮説は数多く存在します。その中でも特に一般的なものが「原始の海」による仮説です。

 まだ生命の誕生していない原始の海には現在よりも多くの化学物質が溶け込んでおり、地球地殻変動火山活動活発なため熱などによる化学反応も起こりやすい環境でした。

 そんな栄養豊富な海の中で、極めて小さな化学物質同士が結合し、アミノ酸になり、作られたアミノ酸同士がまた結合してタンパク質になり……と言った具合にどんどん大きな分子になっていきます。

 このような工程で「原始の海」から生命の誕生したというのがこの仮説の概要です。

 無論、これには反論意見も多く、原始の海非常に強い酸性であったため同じようなことが起こるならば大気中の蒸気の中で起こったのではないかとか、湿地のような場所ではないかという仮説も諸々あります。

 これらはひとまとめに「化学進化仮説」とも言われます。

 ただこれらに共通する考え方の根本としては、元々はバラバラだった物質結合してどんどん大きな分子になり、その分子がまた結合して大きな生物の体へと進化していったと考えられているということです。

 また、この「原始の海」的な生命の誕生を「プールに投げ込んだ無数の部品が水流だけで時計が組み立てられるようなもの」と揶揄されることもありますが

 この時計の部品に例えるならば、プールの中にはまず無数ギアやネジができ、そのギアやネジがそもそも”引きあったり離れたりくっついたりする性質”を持ち得たことでより有用な形へと結合分離を繰り返していった結果”時計ができた”とするのが進化論の根本的な考え方です。

 すなわち、ランダムな物質ぶつかり合いや引き剥がしがそれこそ天文学的回数繰り返されることで”たまたま複製体として有益な結合を持ち得たためにその後生物として(これもまた無数のランダム性の中で)進化を遂げたというのが「化学進化仮説」による生命誕生の仮説です。

 原始の海フラスコ内再現し、様々な反応をさせてアミノ酸を生み出す実験は過去に幾度となく行われていますがまだまだ生命の誕生を確定づけるものではありません

 この手の実験で一番有名なものに「ユーリ-ミラーの実験」というものがあるので気になった方はググってみてください。

 ともあれ、フラスコの中アミノ酸ができたとてそのアミノ酸タンパク質となり、細胞壁を作り捕食機能を持ち自己複製機能を持つようになるまでには途方もない時間と試行回数が必要になります。

 無限の猿に立ち返れば、ライプライターで「monkey」という6文字を打つ確率は1兆分の1という非常に低い確率ではありますが、同時にまだ現実的な範囲だという実感もあります。

 実際に目を瞑ってパソコンのキーボードをグシャグチャに乱れ打ちして、その中に意味のある言葉を見出すのはそう難しいことではありません。

 ここで見出される”意味のある言葉”は原始の海でいうところのアミノ酸です。

 あとはこの意味のある言葉アミノ酸の結合のように並び文章としてタンパク質化し、生物体としてロミオの悲劇を書き上げれば良いのです。

 ね?簡単でしょ?(んなわけない。)

 生命の誕生地球の誕生から10億年後と言われています。

 この10億年の間に様々な化学反応地球上様々な場所幾度となく起きました。言わば無限の猿タイプライター10億年叩き続けたわけです。

 その中で最初の生命が誕生した時、原始の生命環境に適応し、その体を維持するために捕食し、自らを複製する能力を得たことで猿のライプライター役目は終わりました

 生命生命自らの力シェイクスピアを生み出す力を得たのです。(そして36億年後にシェイクスピアが生まれるっていう喜劇。)

 タイプライターシェイクスピア作品ただの一匹で書き上げる必要がありましたが、生命は違います

 無数のランダム性の中で進化を繰り返し途方もない数の生命体を生み出したのは生命体自身なのです。

 その光景はまるでプールの中で独りでに時計が組み上がっていくように見えるのかもしれません。そして幾度となく失敗を繰り返しながらようやく完成した時計が今現在を生きている私たち生物なのです。

 これを「奇跡」という陳腐な言葉で表すのもまた良しですが、その陳腐さこそが生命の起源なのかもしれません。

 生命の誕生に”意味があるのか”はおおよそ円周率の中に自分の誕生日を見つけ出すようなこと。それが自分の誕生日だからこそ意味があり私たちが生命体であるがゆえにその誕生に意味があるのだろうと私は思うのでした。


「【無限の猿定理】無限の猿はシェイクスピアを書くか【生命の誕生】」への2件のフィードバック

  1. ワタナベアキラさん、コメント失礼いたします。

    Memeについて考察されているからか、アイキャッチ画像の背景とそこに入っている文字が非常にマッチしているな、と感じました。
    例えば今回の記事は「猿」「シェイクスピア」などの概念が入っています。
    しかし、サムネイルとして表示する画像にはそれらの要素は一切入れず、「タイプライター」の画像が入っています。タイプライターは一見今回の記事に関係なさそうな要素ですが、物書きが物語を作成する時に使用するもの、として不可欠です。

    自分の記事の内容を一歩抽象化して画像にすると良いのだな、ということを学びました。
    今後の自分の記事作成にも役立てたいな、と感じました。ありがとうございます!

    • コメントありがとうございます。

      サムネイルなどに関しては、記事を書き終わった後に記事全体を通してのイメージとともに
      タイトルの補足になるような画像を選ぶように意識はしており、毎度悩む部分でもあります(笑)
      私の小さなこだわりに注目していただけてとても嬉しいです!

      ジョンさんもブログ運営をされていらっしゃるとのことでブログを拝見させていただきました。
      医学系を中心にされているのでしょうか
      私自身門外漢ながら医学系のお話などとても好きなので
      これからも度々拝見させていただきたく思います!

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