アーティストステイトメント


人間が他の動物と一線を画す存在である所以はその創造性にある。その創造の根源とは何なのか。私は「ミーム(meme)」こそが、人の「創造性」を駆動している根源だと考えている。そしてその「創造性」の最たるところがアートという領域ではないだろうか。
「ミーム(meme)」とは生物進化学者であるリチャード・ドーキンスが考案した「文化の発展や伝播において摸倣によってやりとりされる情報」である。彼はこれを生物進化における遺伝子(ジーン:gene)になぞらえた。

アートもまたミーム(meme)によって発展してきた人類の遺産である。現在発見されている人類最古の絵画である洞窟壁画より以前に“描く行為”自体はされていたと考える事が妥当(突如としてラスコー壁画のような写実的表現が出現したとは考えづらい)と考え、またその最初期のものは意味を持たない文字通りの“らくがき”であろうと着想する。これは人にとって最も根源的な創造的活動のはじまりであり、現在の我々がノートやメモ紙に描く「らくがき」に通じるものであると考えている。
私はドーキンスの行なったミームと遺伝子との類比に倣って、遺伝子の最小単位である核酸塩基(A・C・T・G)に対する“描くことの最小単位”を「らくがき」に見出し、これを用いてミーム(meme)を視覚的に表現したい。私が私の描く記号化した「らくがき」を普遍的な「らくがき」として捉えるのは、鑑賞者の既視感を誘うことにあり、その既視感は鑑賞者が自ら行なってきたそれぞれの「らくがき」との無意識的な対照にあるという考えにある。

またこの視覚化したミーム(meme)を様々なモチーフと組み合わせて描く事で、物事の複雑さや多面性を間接的に表現し、何事もミームプール(meme pool)から部分的に掬い出された情報の一端に過ぎない現実を描きたい。

2016.3 渡邉秋良


「ミーム(meme)」についての補足

全ての動植物は遺伝子の利己性によって自己複製を繰り返す。
生物学者のリチャード・ドーキンスは著書「利己的な遺伝子」で自己複製する遺伝子を通じて生物がいかにしてその数を増やしてきたかを論じた。そしてドーキンスはその著書の中で遺伝子に次ぐ新たな自己複製子を提唱する。文化の自己複製子「ミーム(meme)」である。
「ミーム(meme)」は伝達される文化情報の単位とも言える。口伝え、本、インターネットなど、さまざまな摸倣を通じて脳から脳へと複製されていく。他者から「真似(摸倣)したい」と思われるミーム(meme)は強いミーム(meme)であり複製されやすい傾向にあり、端的に言えば流行を生み出す。
そこで真似(摸倣)された情報が「ミーム(meme)」であり、この自己複製子もまた”利己的”に複製していくのである。
しかし「ミーム(meme)」には遺伝子にとってのDNA分子のような存在は確認されていない。それが脳のシナプス構造なのか、はたまた未知のものなのか、ミーム(meme)にとってのメンデルやミーシャーはまだ現れていない。