第2回【遺伝子とのアナロジー:ミームの特徴#1】

 ミームは遺伝子的進化と文化的進化のアナロジー(類推)として生まれた言葉です。アナロジーというのはある事柄と別のある事柄との類似に基づいて適用して説明しようとするものです。まだよくわかってない事柄を既にその仕組みがわかっている(もしくは自明である)事柄に当てはめて不明な点を解消して行こうとするものですね。ミームの場合は遺伝子とのアナロジーから生まれているので「ミームとは何か」を説明するときに遺伝子学の用語を多用したり引用したりすることが多いです。ここでも同じように遺伝子的進化と文化的(ミーム的)文化を比較しながら、もう少しわかりやすくミームの実態を掴んでみようかと思います。雲を掴むようなことをするわけですが、手のひらに水滴ぐらいはついて貰いたいものです。

表現型

 この「表現型」という言葉は生物学の遺伝子について多用されるもので、生物がDNAの中に持っている2重螺旋の設計図のうち生命体の体を作る部分を遺伝子型というのに対して「目が青色になる」「髪は黒くて縮れている」「肌の色は黄色」など身体的特賞として現れた部分を表現型と言います。今あげた例は遺伝子による先天的な身体的特徴で、これらのような直接的な遺伝子の表現型には「優性遺伝」と「劣性遺伝」というものもあり、片方の遺伝子からはA型(AA型)の血液を、もう片方の親の遺伝子からはO型(OO型)の血液を受け継いだ子の血液の表現型はA型(AO型)となるように一つの表現型に対して複数の対立する遺伝子から一方が選択されます。話は少し逸れますが、最近では2017年に日本遺伝子学会が遺伝子に対して「優性」「劣勢」との用語を使わず「顕性」「潜性」と言いましょうと提案しており、私の子供世代が小学校でメンデルの法則を教わる時には「顕性遺伝・潜性遺伝」と呼ばれているかもしれませんね。

 また、筋肉トレーニングを重ねることによって得た筋骨隆々のムキムキマッチョな肉体は後天的な身体も表現型の一つではありますが、直接的な遺伝子による表現型そのものとはちょっと違います。筋トレにより身についた筋肉量という形質は表現型の可塑性と呼ばれ、後天的な環境やその環境の変化によって形質を変えるものです。ただし、同じ食事で同じ運動量など環境の条件を同一にした状態で個別の主体の筋肉がつきやすいかつきにくいかということは遺伝子の直接的な表現型であると言えます。筋肉がつきやすいかどうか、特定の病気になりやすいかどうかなど表現型として目に見えにくいソフトウェア的な形質もまた遺伝子の表現型なのです。

 対してミームの表現型は「文章」や「楽曲」それに含まれるような「歌詞」や「詩」、人々の「習慣」や「宗教」、さらには様々な「建築物」や「建造物」、「パソコン」や「スマートフォン」のような”人工物”と呼ばれるもの一般もそれに当たります。また、その人特有である「癖」「習慣」などの行動全般からコミュニティーが共有する「方言」「流行」などもミーム表現型の一部です。つまるところ「文化」と呼ばれるようなもの一般は全てミーム表現型であると言い換えることが可能です。何でもかんでもありなんかい!って感じですが、身体をの見た目的な特徴から身体を構成する臓器や細胞のひとつひとつ、ウィルスに対する耐性などのソフトウェア的形質が全て遺伝子表現型であるように、文化もまたそれを覆う目に見える表面的な流行から法律や制度、信仰、信念といった文化を構成するソフトウェア的な要素までもが表現型であるのです。

分類階級とミームの可塑性

 なんか聞きなれない言葉ですが、「界・門・網・目・科・属・種」と言った生物学的特徴や遺伝子学的特徴をもとに分類される階級のことを「分類階級」と言います。それらの中間にも亜門や亜科や下目など細かい分類もありますが割愛します。ゴールデン・レトリバーはゴールデン・レトリバー種であり、犬属に属し、イヌ科でネコ目(ネコ目!?)、哺乳網で脊椎動物門の動物界の生き物です。このようにある特定の種はより上位の階級に属するという生物分類学上の分け方です。これをミーム論的な視点で見てみると以下のようになります「地球・同盟国・国・地方・県(州)・市町村・学校・学級・クラス・班」と言った具合に人間の作るコミュニティーにはより上位のコミュニティーが存在しますが、それぞれの階級に「~の文化」とつけても成立します。もう少しわかりやすく「~の制度、法律、ルール」と言ってもいいです。友達同士のグループのルールは学校の校則を守る(守るとは言っていない※)ことが前提になっており、校則は市町村の教育委員会が国に法制度に照らして指導を行い、国の法制度は国際社会において他国との調和を図ろう(図るとは言っていない※)とします。

 しかし、ミームの分類階層には生物学的分類階層とは異なる特徴があり、主体が持つミームが複数の種や科に属することが一般的です。イヌ科の動物はネコ目に属しても馬のように奇蹄目に属することはなく、馬もまたカバのように鯨偶蹄目に属することはありません。しかし、ミームを持つ主体は学校のクラスというコミュニティーに属しながらサッカークラブに属することが可能で、同時に家族や公共の場というコミュニティーでその表現型を柔軟に変化させることができます。しゃべり言葉や態度がその顕著な例で、友人同士との会話と家族間同士との会話ではその喋り方(表現型)をいとも容易く変化させることがきます。手術中のO型患者に「A型の輸血製剤しかないからA型になってくれ!」と言ってもそうはいきません。

※「~とは言っていない」とは、インターネット・ミームのひとつで「Aをする(しかしBだとは言っていない)」という表現が変化して「Aをする(しかしA’だとは言っていない)」となったことで流行した。意味合いとしては「~をする」ということに対して期待できない場合やそれを揶揄する意味で使われることが多く、本文の場合「校則を守る」ということと「校区外に秘密基地を作ったけどナイショね」というルールは必ずしもイコールにならないことを揶揄したもの。「~とは言っていない」の語源を辿るとゲイポルノビデオにたどり着くので詳しく調べるのはお勧めしませんが、発祥が何であれミームはその根幹が形骸化した状態でも伝播し続け、場合によっては形骸化した方がより強いミームとなることがあるという好例です。

 私たちは遺伝子を細胞核の中に格納し、その情報を取り出す時のみそこへアクセス可能になります。自らの意思で遺伝子を変えようとしても基本的には自由な変更は不可能です。しかし、先述の通り遺伝子は表現型のなかでは可塑性を持つものもあり、限定的ではあるものの生まれ持ってきた身体を変化させるための可能性は持って生まれてきます。目の色を変えようという努力は徒労に終わりますが、筋トレはそれなりに報いてくれるのです。それが遺伝子の表現型と表現型の可塑性でした。複数の分類階級に属することのできるミームはミームそのものが可塑性を持っているとも言えます。宗教宗派の改宗というのもそのひとつです。フランシスコ・ザビエルが日本へやってきて布教をしたとき、キリスト教徒になったかつての仏教徒は仏教の教えを忘れてしまったのでも取り払ってしまったのでもなく、キリスト教のミームも仏教のミームも両方持っており、表現型としてイエスキリストに祈るのか釈迦に手を合わせるのかを選択しているとミーム論的には見ます。キリスト教が日本国内で弾圧されても隠れキリシタンとしてその教義や儀式を変化させ、守るべきものを守るために変化させられるものは変化させて核となるミームを守ってきたのでした。そうした仏教徒から改宗したキリシタンたちは仏教のミームを捨て去ったり、忘れてしまってわけではありません。両方の宗教的ミームは主体の中で個別に格納されているのではなく、複雑に混り合った形で存在しています。だからこそ隠れキリシタンは神道なり仏教なりの儀式や偶像を隠れ蓑にしてキリスト教を信仰することができたのです。ある意味ではハイブリットな信仰形態ですね。

 こう言った信仰体系もまたミームの面白いところで、今日の日本人が雛あられをぽりぽり食べた後にはバレンタインデーに一喜一憂し五月人形を飾ったかと思えばジューンブライドシーズンに突入し、盆休みには先祖の墓前で手を合わせ、ハロウィーンにコスプレをして騒いでクリスマスを祝った直後に初詣へ行くという混沌とした宗教観の中に生きているのも(内容が薄れて形骸化しているとは言え)様々な宗教のミームを持ちながらその表現型を多様化させているということに他なりません。もちろん厳格な信仰を持つ人たちはこれほど多様な宗教観の中で生活しているわけではないでしょうが、そう言った日本人的宗教観に対しては異議はないかと思います。このような混沌としたミームの在り方を遺伝子は真似できません。狸の体に猿の顔を付け、虎の手足に蛇の尻尾、これらを掛け合わせて「鵺(ぬえ)」って生物を作っちゃった!なんてことは遺伝子の技ではなく明らかにミームの産物であり”人工物”なのです。(妖怪のミームというのも面白いのでまた考察してみたいです。)

突然変異

 遺伝子学にそう興味のない人も、ダーウィニズム的進化論に熱心でない人も「突然変異」が生物学的進化を促した要因のひとつだと認識されていることでしょう。一般的に認識されているであろう「突然変異」の意味自体は特に説明する必要も訂正する必要もないと思うのですが、実は進化論的に見て”突然”変異というものは起きてないんじゃないかと思いますし、実際そうなんです。いや、遺伝子的な変異によって生物の形質が変化することで環境に適した者が生き残るという従来の進化論の概略は大筋で間違っていません、そうではなくて”突然”という部分にちょっと語弊があるんじゃないかと思うんですね。そしてこの語弊は進化が直線上に並んでいるかのようなイメージがそれを強めているんだと思います。様々な形質を持つ種々の生物の中で環境に適した者が生き残るという概念を共有しているのに、なぜそのような直線的な真価のイメージがあるかと言えば、「進化」という言葉がポケモンやデジモンのように予期された未来方向の言葉として捉えられている節が良くあるからです。本来「進化」というのは生き残りの結果であって、過去の変異の産物なのです。そしてその過去で起こっている変異というのは今なお常に絶え間なく起こっており、どの時代でも遺伝子が”突然”変異しているのではありません。種々様々に起こる遺伝的変異の数々の中で、表現型に現れてそれが極端なまでに環境に有利であった場合、その遺伝子が強烈に強くなるため爆発的に子孫が残されて、結果的にその種がある時期に”突然”変異してしまったかのように見えます。そういう意味では動物種としては突然に変異してはいるのですが、遺伝子的学的な意味での「突然変異」には”突然”何かが起こったという意味は含まれていません。単なる塩基配列の変化そのものを突然変異と呼んでいるため、遺伝子的変化と生物の形質的変化がごっちゃになって勘違いが起こってしまうわけです。突然変異という言葉の”突然”は変異そのものではなく変異の質を指すんですね。「んなことはわかっとるわい」と思われるかもしれませんが、結構この勘違いは多いのです。そのため「優勢・劣勢」の例でもあったように日本遺伝子学会は2017年に「突然変異」の「突然」を除き単に「変異」と表記するようにと文部科学省へ要望書を提出しています。そして、生物学的遺伝的変異は多細胞生物の場合には生殖細胞にまでその個体の遺伝子的変異が発生していなければ次世代に遺伝しません。生殖細胞にまで影響しない個体レベルでの変異の例で一番わかりやすいのが癌です。癌は個体の遺伝子に変異が起こり、本来機能するべき場所の細胞がその機能を発揮せず、癌が発生した個体自身でも制御もできないものになってしまいます。「癌は遺伝する」と言いますが、これは癌細胞が直接子に受け継がれるのではなく、癌になりやすい(またはなりにくい)形質が子に引き継がれることになります。こういったことも変異や遺伝の誤解になりやすいところですね。

ミーム的変異

 遺伝子の変異は生殖細胞を介して行われる一方向的な変異の連鎖ですが、ミームの場合個体の世代は無関係に変異可能です。遺伝子との変異に共通なのは過去に遡れないという時系列的一方向性だけです。ではミーム的変異とはどのようなものでしょうか。大きな文化で例えると話が大きくなりやすいので、小さな流行を例にしてみましょう。ある女性誌で「情熱的な赤い色が今年流行る!」と言われ、また別のファッション誌では「今年はミニスカートを履くべし!」なんて書かれ、それらを発行する編集者やライターの意図するミームがうまく伝播することができれば赤いミニスカートが街中に溢れることでしょう。「情熱の赤」のミームと「ミニスカート」のミームは「流行に乗りたい」という欲求、または単に「モテたい」という願望、「皆と同じでなければ」という同調圧力などなどが相まって爆発的に流行したとします。(これらの欲求や願望そして同調圧力というのは「強いミーム」が生まれるときにとても重要な要素なのですが、このことはまた別の回にたっぷり考察したいと思います。)この流行は始まりは若い女性、特に女子学生に流行しやすいような内容でしょう。

 しかし、それを成人女性がそれをやってはいけない決まりはありません。”それが世間に受け入れられる内容であれば”容易にミームが伝播し、表現型として現れます。そしてそのときちょっとした変異を起こす可能性があります。ティーンエイジャーたちに流行している膝上20センチの赤いミニスカートが成人女性のコミュニティーへ伝播したときにその表現型は膝上5センチ程度になっている可能性があります。ここで起きた変異は”それが世間に受け入れられる内容であれば”というときの内容に寄せて表現型が変異したのだと考えられます。この内容とは社会的規範や世間的な体裁、そのほか様々な成人女性コミュニティーの共有するミームと交叉することで変異を起こします。また、その成人女性の膝上5センチミニスカートは「より情熱的なワインレッド」に変異しているかもしれません。同じ系統の「赤いミニスカート」ではあるものの、世代というコミュニティーによってその表現型に違いが発生しています。すると、そのワインレッドの膝上5センチミニスカート表現型を見た流行に敏感な一部のティーンエイジャーが「あれ?ビビットカラーより大人っぽい色の方がカッコ良くない?丈も長いほうがオシャレやん」となるとそのミームはまた変異を起こしより深い色合いの膝下5センチセミロングスカートのミームが流行する可能性が生まれます。ここで言う「流行に敏感な一部のティーンエイジャー」は流行において猿の群れで言うとアルファオス(ボスザル)に位置付けられる立場でアルファオスが自らの遺伝子を多く残す可能性が大きいのと同様に、自らのミームを広く伝搬する可能性が高いアルファです。(この辺りもまた詳しく考察記事を書きます。)こうしたアルファは広い範囲で言えばタレントやアイドル値呼ばれる人たちで、狭いコミュニティーでいえば友人グループのリーダー格がそれに当たります。

 このようにミームの変異は他のミームと出会うことで起こり、主体の中で起こるミーム的変異がその主体の属しているコミュニティー内で共有されることにより新たなミームが伝搬するということを繰り返します。例にも挙げたように生物学的な世代は無関係に起こり、友人グルー方のミームがより大きなクラス単位のミームへ伝播することも。クラス単位のミームがより小さなグループ単位のミームへ伝播することも起こり得ます。ですのでミームの変異は生物学的遺伝子の変異よりもはるかに頻度が高く、また同じ時間の尺度で言えば他個体へ受け継がれる速度が速いのが特徴です。

ミーム的絶滅

 生物は基本的にいつか死ぬことを宿命的に背負っており、種単位での絶滅もまたその宿命のうちなのかもしれません。「利己的な遺伝子」的な目線で言えば、遺伝子にとって生物種の絶滅は取るに足らない些細なことに過ぎないのですが、DNAヴィーグルが全て絶滅してしまうことは不本意でしょう。利己的な遺伝子にとって特定の生物種の絶滅は些細な出来事ですが、その生物種が一度でも絶滅してしまうと自然に復活することはありません。だからこそ我々は生物的なマクロの視点で絶滅危惧種の生物を手厚く保護しようとします。これはホモ・サピエンスがその黎明期に起こした大量虐殺大量絶滅事件の罪滅ぼしなのかもしれませんね(笑)この大量虐殺大量絶滅事件についてはまたユヴァル・ノア・ハラリ氏の著書「サピエンス全史」を取り上げるときにまた改めて記事にしましょう。

 遺伝子と同じ自己複製子であるミームにもまた絶滅は存在します。失われた文明・文化はミームの大量絶滅と言えるでしょう。しかし、実はミームを絶滅させるのはなかなかに難しいことなのです。例えばすでに途絶えてしまったマヤ文明や、みんな大好きシュメール文明などの古代文明とされるミームたちはそのほとんどが失われてしまいました。それでも現代の考古学者は遺された遺跡や遺物を解析することで当時の文化をある程度解読でき再現可能となっています。特に宗教観や政治体系などは遺跡に残りやすく、農作物などの遺跡も残っているため生活環境までもがある程度わかるようです。そう、当時のことが知れるわけです。先述の通り”知る”と言うことはミームが伝播することと同様で、深い土の下で眠っていたミームは解析研究されることで復活を果たします。復活すると言っても当時の文化がそのまま復活するのではなく、メキシコの一部ではマヤの部Bんかで使用されていた模様が現代のタトゥーの模様として流行しているように形を変えてミームが伝播しています。古代文明のミームが現代にまで生き続けている例もあり、その代表が現在我々がカレンダーとして使っている「グレゴリオ暦」はその起源をたどると古代エジブト文明の太陽暦(地球が太陽を公転する周期を基にした暦)にまで遡ります。現代世界の多くではこの太陽暦を利用していますが、イスラム文化での祭礼などではメソポタミア文明や古代中国と同じような太陰暦(月の満ち欠けの周期を基にした暦)が残っています。このように記録媒体が後世に残るものであると一度は失われてしまった文化も未来の人々に解析され、その意味までもが知られるようになり、場合によっては新たなミームとして流行まで生むこともあります。古代文明の遺跡はミームにとってシベリアの永久凍土で眠っていたマンモスのような存在なんです。ただマンモスの復活は一朝一夕には生きませんが、ミームの場合には部分的な復活が比較的容易であるのもミームの特徴です。もちろん残念ながら絶滅してしまうミームもあり、古代文明に生きた彼らが話し言葉としてどんな流行語があったのか、話し方や身振り手振りなどの形に残りにくいミームは容易に絶滅してしまいます。

 しかし現代のミームは古代文明のミームに比べて絶滅しにく可能性があります。現代では多くの事柄が本やCD、DVDなどの多様なメデイアとして大量に記録されているため後世に残りやすく、生物的に数世代前程度のミームであればそのほとんどが再現可能でレトロ趣味として再流行することも多いです。再流行したミームは当時流行したミームとはその背景が異なるのでそれを”完全な復活”と呼ぶのは難しいですが、表面的で形骸化したミームはやはり伝播しやすいのです。利己的なミームとしてはミームの伝播する時代背景はあまり重要ではありません。ミーム自体が再び再伝搬してくれればそれだけ繁栄できるのでチョベリグなのです。

さて、今回はこの辺りにして次回もまた遺伝子に対するミームの特徴について考察したいと思います。

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