【無駄に深掘り】「泣いた赤鬼」と「拗ねた青鬼」

 童話ってなんだか教訓めいたお話が多いですよね。欲張ったりいたずらしたりするとしっぺ返しを喰らいます。そんな中、特に悪いこともしていないのにバッドエンドを迎えた「泣いた赤鬼」という主人公がいます。

 彼は”鬼”ではあっても心の優しい赤鬼です。そんな彼が大切な友人を失ってしまうというお話。まずはそのあらすじを紹介してから「泣いた赤鬼」をそれぞれの鬼の視点になってちょっとだけ深読みしてみようと思います。

目次
ー「泣いた赤鬼」赤鬼が見ていなかったもの拗ねた青鬼

「泣いた赤鬼」

「泣いた赤鬼」は童話作家である浜田広介作の童話で、最初は「おにのさうだん(鬼の相談)」というタイトルでした。1933年に児童雑誌に連載され、作品自体の諸藩は1935年とのこと。当時教科書にも載っていたようで、思っていたより新しい作品だったことに驚きです。(昔ばなしみたいなものだと思ってました。)

 ちなみに、浜田広介は1973年に亡くなったとのことで、著作権がまだ生きていますが以下に「泣いた赤鬼」のあらすじを紹介しますね。


「泣いた赤鬼」(あらすじ)

むかしむかし、ある山のお話。心の優しい赤鬼が山の中に住んでいました。

赤鬼は人間と仲良くなりたいと思っていたので、家の前に
「心の優しい鬼の家です。お茶やお菓子を用意しています。どなたでもお越しください。」
という立て札を立てておきました。

しかし、人間達は”鬼”を怖がって誰も遊びに来てくれません。
赤鬼は人間たちが自分を信用してくれず、
誰も遊びに来てくれないことをとても悲しみました。

そんな話を聞いた友達の青鬼は
僕(青鬼)が街に行って悪さをするから、赤鬼くんがぼくをこらしめてくれ。そうしたら人間たちは君(赤鬼)のことを信用して仲良くなれるよ。
と提案しました。

赤鬼は心優しいので青鬼を悪者にはしたくありません。
もちろん「そんなことはだめだ」と青鬼を止めましたが、
青鬼は強引に村へ行き悪さをはじめました。

それを見た赤鬼はいたずらされる人間たちを守り
青鬼をこらしめました

赤鬼は人間たちに感謝され
人間たちと仲良くなることができました。
青鬼の作戦は成功したのです。

それからは毎日のように人間たちが
赤鬼の家に遊びに来てくれるので
赤鬼はとても楽しく暮らしていました。

しかし、赤鬼には少し気がなりなことがありました。
あの作戦の後から青鬼くんが遊びに来てくれません。

「こんなに楽しい暮らしができるのも、あの時の青鬼くんのおかげだ。
お礼もしなきゃいけないし、青鬼くんの家に行こう!」

赤鬼は青鬼の家に遊びに行きます。

すると、青鬼の家はもぬけの殻。
扉は固く閉ざされていつから青鬼がいないのかもわかりません。
その扉には赤鬼への手紙が添えられていました。

赤鬼くんへ。人間たちといつまでも仲良く暮らしてください。でも、僕が君と仲良くしていると、君も悪い鬼だと思われてしまうかもしれないので僕は旅に出ます。僕は遠くに行くけれど、僕はいつまでも君の友達です。

赤鬼はその手紙を何度も読み、いつまでも涙を流しました。


 以上が「泣いた赤鬼」のお話です。紹介されている記事や絵本によって多少のニュアンスの違いはあるかもしれませんが、大筋はだいたいこんな感じです。


赤鬼が見ていなかったもの

 「泣いた赤鬼」のお話を聞いて子供達はどのように感じ、大人達はどう説明するでしょうか。なぜ、赤鬼は最後に泣いたのでしょう。

 まず大きな要因は”青鬼”という大切な友人を失ったことですよね。自分は自分の夢を叶えましたが、その夢は大切な友達が人間たちにとって悪者になり挙げ句の果てには自分の元から去ってしまった。

 そしてもう一つ、友人を悪者にしたという後悔です。青鬼の強引さが多少あったとは言え、結果的には赤鬼は青鬼の作戦に乗ってしまったわけです。赤鬼が本当に青鬼のことを思うなら、事件が起こったその時にことの顛末を説明すべきでした。

 ぜんぶ演技でしたー!(チャンチャン♪)てな感じで。

 それができなかったのは赤鬼の弱さだと私は思いますね。もし、本当のことを人間たちに話したら、自分が人間たちを騙してしまったことになり信用を失ってしまいかねません。赤鬼は保身のためにネタバラシすることができない状態にあったのです。青鬼という友人の犠牲を見て見ぬ振りをしていたことに対する後悔。なかなかに重い感情が心の中に渦巻きます。

 赤鬼の教えてくれる教訓の一つは、自分が今欲しいものを手に入れるために、自分がすでに持っている大切なものの価値を見誤ってしまったということですね。


拗ねた青鬼

 赤鬼視点での教訓はよく語られますが、青鬼視点での教訓は語られているのは私は聞いたことがありません。あっても「青鬼の思いやり」とかですね。
 私は疑問に思うのです。青鬼は本当に正しいことを行ったのか?アレは思いやりがあっての行動だったのか?青鬼が本当に求めていたものとは何だったのか

 私がこの「泣いた赤鬼」のお話を聞いて感じるのが青鬼の恋心です。いや、どっちがメスだとかオスだとか、同性だの異性だのという話ではありませんよ。友人同士としての信頼感のようなものを”恋心”と表現しました。

 余談ですが、私は異性の友情関係も同性に対する恋愛感情も本質的に同じものだと思っているので”恋心”と表現しています。

 何が言いたいのかというと、青鬼は赤鬼に自分を守って欲しかったのではないかということ。「僕(青鬼)が悪者になって君が人間を助けるんだ!」という提案の時に、一度赤鬼はその提案を拒否しますが青鬼は強引に計画を実行します。

 表面的に読めば、青鬼は赤鬼に幸せになって欲しい(人間と仲良くなって欲しい)という一心なのかもしれません。しかし、他に方法はなかったのでしょうか。なぜ青鬼自身の自己犠牲が第一の提案として出てきたのでしょう。

その心は。

 人間を助ける前に、自分の自己犠牲を”もっと強引にでも”止めて欲しかったのではないか。人間にいたずらする自分を止めて一緒に山へ帰って欲しかったのではないか。そして本来の”鬼のあるべき姿”(青鬼の住む社会)に戻って欲しかったのではないか。そのような青鬼の感情を私は感じます。

 これもまた青鬼の独りよがりなんですよね。赤鬼が欲しているもの(人間と仲良くなりたい)に対して「何で僕を求めてくれないんだ!」という甘酸っぱい恋愛感情というか何というか。

 自己犠牲の上で相手の気を引こうとする行動原理ってものすごく生々しい感情かもしれませんが妙にリアルです。あの未練たらしい置き手紙もまた文学的にいい味出してますよ、ほんと。「泣いた赤鬼」を青鬼の視点で読むとより一層切なくなります。

 青鬼から得られる教訓の一つは、自己犠牲のあり方を考えさせられる部分だと思います。自己犠牲そのものが悪いことだとは思いませんが、それが第一優先になってしまってはいつまでも自分自身を傷つけてばかりになってしまいます。そしてそのことを知った誰かが悲しむのです。

 青鬼は自身の自己犠牲と旅立ちによって、結果的に赤鬼を泣かせてしまいました。穿った見方をすれば、自分に振り返ってくれなかった赤鬼に対する”仕返し”とも取れます。お前ら中学生かよ。素直になれよなっ。


 童話や寓話を大人になってからの価値観で深読みすると、子供の頃とはまた違う視点で読むことができて面白いです。今回お話ししたのはあくまで私の解釈ですのでこれが正しいとかこう考えるべきだというものではありません。
 
 小説や文芸作品を読むのが苦手だという人も絵本なら親戚や自分の子供に読み聞かせする機会があるかもしれませんし、その時にでもちょっとだけ深読みしてみると面白いかもしれませんよ。というお話でした。


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